講演会・シンポジウム

News第13回シンポジウム「中島信也氏 講演会」みんなで考えよう21世紀の大阪広告クリエイティブ≪講演レポート≫

第13回シンポジウム「中島信也氏 講演会」
みんなで考えよう21世紀の大阪広告クリエイティブ≪講演レポート≫

10月18日(金)大阪広告協会のCM合同研究会主催で、第13回シンポジウム「みんなで考えよう21世紀の大阪広告クリエイティブ」を株式会社電通 関西支社大ホールにて開催した。
今回は、株式会社東北新社 取締役 中島信也様をお招きして、大阪の広告クリエイティブへの激励と「大阪」の問題解決に貴重なご示唆を頂きました。

講演レポート
第1部 中島信也 氏 講演会

 

 

「人の気を引いて、顔色を伺って、楽しませて、好かれようとする作戦」

1959年、福岡県八女郡黒木町に生まれました。あの黒木瞳さんと同郷です。
1歳で、大阪の阿倍野に引っ越しました。小さい頃から、音楽が好きで、
ブルーコメッツやピンキーとキラーズの歌を口ずさみ、中学では、「クリケッツ」というバンドを組み、
ビートルズのまねをして得意になっていました。豊中高校では、「パンプキン」というバンドを結成し、
好きな女性の気を引いて、顔色を伺って、楽しませて、好かれようとする作戦を続けました。その後、
好きなミュージシャンの道は、父に反対され一旦は断念しましたが、ジョンレノンがリバプールの
アートスクールを経由して、ビートルズに入ったということを知り、武蔵野美術大学に入学。
そこでは、「ケチャップス」というバンドを組んで、観客の気を引いて、顔色を伺って、楽しませて、
好かれようとする作戦を敢行しました。(会場で、中島信也氏作詞・作曲・ボーカルの“餃子の歌”を聞く。
2014年1月には、京都で、昔の仲間たちとライブのステージに立たれるそうです。)
そして、就職シーズンを迎えるわけです。どの会社で何をしたいかは、ハッキリせず、
友人が勧めるままに広告会社を受験。2度目の反対をした父をはじめ、進むべき道を教えてくれる人など、
私の進路に関して心配してくれる人が多くありまして、その結果、1982年、東北新社に入社することになりました。

 

 

 

 

さて、それから、僕も大阪を離れて35年。今日は、大阪について思うことを話します。
ここからが問題です。暴論を吐きます。怒らんといて下さいね。

 

 

 

題して「どないすんねん大阪」

大阪はおもろいと言われている。吉本興業、花月、松竹芸能などがあるし、大阪弁自体、
東京にいると面白そうに聞こえます。けど、そもそも大阪は、ほんまに、おもろいのか?おもろなかったら、
「どないすんの大阪」ということですね。
1970~80年代、大阪の広告には、松下電器さんに代表される一世を風靡したクリエイティブがありました。
1980年~90年代は、KINCHO(大日本除虫菊)さんに代表される、絶対、東京にはマネのできない、
大阪に花が咲いたおもろいCMがありました。でも今、これって一体どうなったの?
日本中がフィーバーしたお祭り「大阪万博」。その余韻が、好景気につながり、
大阪のおもろい時代が続きました。まさに西高東低です。その後、不景気になって、
「ほな、景気が悪なっても大阪は、ほんまにおもろいのか?もう、江戸の方がおもろいんとちゃうか。」
ということになってへんやろかと思います。

大阪の<おもしろスピリット>って、なんやろ。

大阪の挨拶は、「もうかりまっか」です。そもそも、商いの都、経済都市の本質は、合理性にありました。
この街は、“ムダ”というものが嫌いやった。“ケチ”というのではなく、無駄を省いて栄えていった。
反対に、江戸には“遊び”がある。大阪は確かに、すごく真面目。江戸の面白さには負けている。
江戸っ子と比べて、大阪の人は、ちょっとシャイで、せこい所があって、ひがみっぽい。
それは、東京という中央に対するコンプレックスの現れで、いつもそれを意識している。
でも、それこそが、大阪のエネルギーの源で、根源的なマグマなんですね。
東京には負けへんでという消えることのないコンプレックスから生まれる批評精神があって、
それが、芸術的、社会的に昇華されていく。そしてそこから、いちびり精神が生まれ、ユーモアという洋服をまとって噴き出してくる。
僕は、これが、大阪のかなり重要なスピリット=<おもろいスピリット>だと思います。
これは、単純にただ、おもろいことをやっているんじゃなくて、根深い所で対抗意識があり、
ちょっとひっくり返したるでという気持、これが、大阪のほんまに、おもろいところをつくっているのとちゃうか。
強い中央に対抗してナンボ。華麗なお隣の都に対抗してナンボ。権威、権力という物凄く強いものに対抗してナンボ、
というテンションのエネルギーの結晶があって、これこそが、大阪の<おもろいスピリット>やと思う。
逆に、大阪が首都で、東京が地方都市だったら、こういうおもろいもんは出てこない、
エネルギーになっていかへん。自分達がなんとなく、どこか、世間から認められてへんという気持ちが、
なんとかするでという気概、エネルギーになっています。
これは、何物にも囚われない自由独立の精神。それは、中央集権=日本全国を東京化していくという動きには、
絶対に巻き込まれへんで、俺らは俺らやねんから勝手にやらしてもらいまっせ。あんたは、そうかも知れんけど、
すごく意固地に思うんですけど、という自由独立の精神ちゃうかと思います。しぶとさです。これは、景気には左右されません。
景気の悪い時こそ<おもろいスピリット>が輝いてくる。東京人は、大阪人のここが恐ろしい。
京都の皆さんも、大阪のこういうところが、いややと思ってはる。

大阪が大切にせなあかん<おもろいスピリット>を見失ってる

権威に対抗する自由の象徴である<おもろいスピリット>は、商いの都と言われた時から、
ずっとあったと思う。金は天下の回り物なんで、力とか地位はなくても、お金で日本を席巻するんやという気概を持っていた。
ところが、大阪最大のお祭りであった「大阪万博」以降のバブリーな景気に浮かれて、忘れたんとちゃうか?
東京と肩を並べた、東京を越えたんやという錯覚ですね。
この錯覚が、大阪の強さの根っこにある<おもろいスピリット>=強い中央に対抗する為に、他のところでは、
ぜんぜん考えつかないようなアイデアに満ち満ちたスピリットをどこかで見失っていった。
ある意味、東京化していったんじゃないかと思います。
大阪は、質の戦いで、絶対に勝っていた。精神の戦いでも勝っている。けど、スケールの戦いへと足を踏み入れてしもたんではないか。
経済規模も大きくなった、高層ビルも増えた。すごいCITYになった。そこで、いざ景気が悪くなって、
気づくと、ここからがわしらの出番やみとれ!という話にならずに、しょぼんとなってしまった。
形だけはCITYになったけど、首都ではない、魅力ある地方都市でもない。中途半端な都市になっている。
今、元気のある地方は、ここは東京ではない、東京には対抗しないという割り切りをもって、魅力を増しています。

「どないすんの大阪。どないせえいうの。」

大阪は、首都ではないところからスタートして、れっきとした一地方都市であるというところに戻ってみる。
でも、ここは、日本中どんな地方都市にも負けない強烈な文化性、独自の独特の<おもろいスピリット>が、
あちらこちらに根を張っている。これはもう間違いのない事実です。めちゃめちゃ強いです。

そこで、実際にどうすればいいかというアイデアを考えてきました。

まず、2案の内のひとつ【ソフトな案】です。
皆さんも考えておられると思いますが、<おもろいスピリット>を自覚して、中央に対抗する価値を集めたお祭りをつくろう
ということです。ポジティブにやろうと思えばすぐ出来る案です。
それは、『大阪賞祭り』。大阪には、いろんな賞がありますが、とにかくそれらをまとめる。全部、大阪賞にするんです。
例えば、「かっこつけない広告大阪賞」、「漫才大阪賞」、「建築大阪賞」、「番組大阪賞」、「政治家大阪賞」、
「デザイン大阪賞」、「商店街大阪賞」、「ロック大阪賞」、「文学大阪賞」など、いろんな賞が、それぞれ散在していますが、
全部、大阪賞でくくって、あらゆる<おもろいスピリット>に賞をあげる『大阪賞祭り』とする。
そこで、選考基準ですね。大阪賞の物差しは、<おもろいスピリット>が基準です。但し、ポイントは、よく解らないということ。
おかしいんとちゃうか。なんでこれやねんと言われないとダメです。
東京で選ばれるものと、大阪で選ばれるものが同じだったらダメです。全然違うもんを選ぶ。
もうあそこは、知らん、ようわからん。東京にはよく理解できない、大阪賞ってキモーイと言われないとダメです。
隣の雅やかな華麗な都の方も顔をしかめるような、こわいわ、ようせんわ、みたいな賞ですね。大阪の産業界、芸能界、教育界、
花柳界、飲食界、政財界、スポーツ界など、ありとあらゆる「界」を巻き込むのが、ポイントですね。
それぞれの「界」が、手を取り合って、独自の物差しをつくって、これは、さすがやな、
江戸では出えへんやろなというものを発掘し、認めていく。それは、東京でも、大阪でも、賞取って、
どうこうなりましたということではなくて、俺らって、何やねんということを見つけていくということなんです。
壮大にやる。そのわりにお金がかからない。トロフィー代くらいで、あとは持ちよりでやるというソフトな案です。

もう一つのアイデア。こちらはすごい。これ、叱られます。【きつい案】です。
「蓮如さん、ごめんなさい」です。
大阪賞をつくるのと真逆のアイデア「大阪禁止」です。
蓮如さんが残した記録が、一番最初の大阪の元になっているらしいんですが、
ここで、大阪というものを、いっぺんやめてみるということなんです。
これまで大阪だけは、すごいと思っていたんやけど、東京でオリンピックがある時に、たぶん、外国人は京都にしか来ない。
リニアモーターカーも、今のところ大阪に来そうもない。
大阪って何かいいことあるの?大阪っていったいどこのこと?ミナミなの?キタはどうも大阪とは違う。
千里は、北新地は、泉北、十三は、大阪なん?大阪って、いろいろで、範囲が広すぎる。大阪というのは、一つじゃなくって、
ひとつひとつちゃうか。いろんな地域にいろんな強烈な個性が、いろんな形でうごめいている。それぞれが文化を持っている。
それぞれの価値の文化の総称が大阪なんであって、単体というのは、意外に解りにくい。
大阪を1個のキャラクターと定めるのは、無理ちゃうかと思う。この際、大阪を禁止して、ひとつひとつをバラバラにしてみる。
たいへん困難ですが、そのかわりバラバラにしたそれぞれが、実は、日本最高のレベルなんです。
例えば、「日本一おもろい北新地広告大賞」、「日本一おもろい新世界デザイン大賞」、「日本一おもろい堺文化大賞」、
「日本一おもろい中之島建築大賞」・・ちょっと違う物差しで決める、なかなか取れない賞。東京の雑誌には、全然載れへんけど、
ものすごくステータスがある賞なんです。「日本一おもろい千日前グルメ大賞」・・「大阪グルメ大賞」というと解りにくい。
「日本一おもろい道頓堀コピー大賞」・・これは、なかなか取れませんよ。「東京コピーライターズクラブ」に対して
「道頓堀コピーライターズクラブ」・・大阪を名乗らない。道頓堀やからこれがええんです。
「DCC」、これ私、入会したいです。「日本一おもろい天王寺珍獣大賞」・・物差しがあやしい。
「日本一おもろい長居スポーツ大賞」、「日本一おもろい千里老人大賞」・・高齢者を元気づける賞、など。
東京に対する大阪という目で見てたんを、一回バラしてみて、土地土地の物差しで括るということ。
それぞれの個性を再浮上させて、他の地方都市にはまねできない強烈な地域パワーがあるんやということを自分達で確認しましょう。
もっとちゃんと自分のいる都を好きになって、一番ええよという所、絶対におもろい、美味しいという郷土の自信を、
もう一回、復活させることです。浮かれた経済競争とかスケールの戦いとか、覇権争いでもない、地に足のついた、
ほんまのスピリットが生まれ直すと思う。そうなると、江戸とか京の都とか、大阪ということすらも関係なく、
ここは、大阪と違いまっせ、千日前でっせということで、「うちは、うちですから。」という究極の自信がついてくる。
僕は、どこをとってもおもろい街やと思うし、トータルで大阪というだけに分かりにくくなっている。
もう一回、土地土地の良さをハッキリさせることです。

「郷土愛」の復活です。

大阪は、一つではなく、ひとつひとつである。ひとつひとつの個性が際立つ、全国どこにもない、すごい多様性がある、
こんなすごい所なんですよ。東京の渋谷と池袋と新宿って、そんな違わない。
大阪のミナミとキタって、カルチャーが違うでしょう。これをもっと端的に目立たせていくんです。
大きく旗印を掲げた東京からは、相当やっかいで攻めにくい大阪が生まれ直すのではないかと思います。

「大阪生まれ直し」です。

大阪は、絶対におもろい。絶対に負けたくない。なんやかんや言うても好きなんです。
僕が、大阪にいる時、大阪の女の子は苦手でした。みんなつっこむし、こっちがおもろいことを言わんと怒るから。

えらいすんません。これでおわりです。

 

 

 

 

第2部 中島氏と会場とのフリートーク (司会進行:萩原良治)

 

 

■萩原良治氏のプロフィール
(株)博報堂 関西クリエイティブ・ソリューション局 エグゼクティブクリエイティブプロデューサー。
(公社)大阪広告協会 CM合同研究会副委員長、「やってみなはれ佐治敬三賞」選考委員。
中島信也氏とは、30年来の交流がある。

 

 

 

 

 

 

萩原:いろんな角度から、刺激的な面白いお話をありがとうございました。
僕は、長いこと関西で仕事をしているので、耳が痛い話しも多く、なるほどと考えさせられるお話を
聞くことができて、うれしかったです。

 

 

 

中島:すごいええもんを持っているのを棚上げして落ち込むということが、
最近、自分でもけっこうあります。
もっとすごいやん、こんなええもんもあるのに、ということを見ていくのが、
意外と、大阪のようなでっかいところができてなくて、いろいろ困ってはる地方都市の方が、
すごくええねんというアクションを起されていて、元気がいいですよ。

 

萩原:福岡や金沢とか元気いいですよね。

 

中島:福岡は、一時、東京化して後退した。そこで、意識を変えて、福岡は、一体どんなもんがええの、
自分達で大事にせなあかんもんって何やろと考えて。
そしたら、財産はいっぱいあるし、それをもとにしたら戦えると気がついた。
東京は、寄せ集めやから、地元という感覚が薄いんです。

 

萩原:中島さんへ、「CMもいずれ、アマゾンのようなレコメンド機能を持つようになると
何かで読みましたが、   そうなるとCMは、今より面白くなるんでしょうか。」
という質問を、参加者の方から頂いています。

レコメンド機能というのは、自分の好きなジャンルの情報だけを選べるということですが、
CMのデジタル化の流れについて、どう思われますか。

 

中島:僕は、元々、フィルムの世界から入って、デビュー作が、ミキハウスのフィルムで、
アリナミンVのCMは、デジタルの初期の頃で、デジタルで作ったんですが、
デジタルの初期のころは、相当変わるといわれた。
確かに、つくり方は変わって表現の幅は広がったんですが、
面白いものは、どう作っても面白いし、面白くないものは、どうやっても面白くないんです。

ここ10年程で、インターネットという新しいインフラができて、
ネットで映像を見るようになってきているし、それを使ったビジネスもできていますが、
今年のカンヌの受賞作品を見ると、
基本的には、おもろいもんが核としてあるのは、結構、映像だったりする。
それの見せ方とか持っていき方とか、そこに至る過程やそれを使ったものとか展開というところの
仕組みで、けっこう新しい技術が使われている。

今、必要な感覚は、目の前にある一本の映像を絶対面白いものにするぞということだけを考えて、
それがどのような形で使われるかは、考えないことだと思います。

 

萩原:約25年前に、デジタルが入ってきた頃、アナログからの移行については、
中島さんが、若くして、いち早く自分の仕事に取り入れられた先駆けで、第一人者です。
それから業界の流れができています。

 

中島:何か訳のわからないいきさつで、僕は、この業界に入りました。
同世代の人達は映像のことに詳しいし、
先輩たちは、圧倒的にいい作品をつくっていて、とても勝てない。
自分は、藁をもすがる思いで、プロダクトグラフィックスとか、ベストヒットUSAなどを見て、
すごい新しい映像が、いっぱいあることに気づいて、こういうものをCMに持ち込んだら、
何とかなるんじゃないかと思いました。生活の為に、こっちしかないと。

 

萩原:第1部の講演にあった「人の気を引いて、顔色を伺って、好かれようとする作戦」についても、
もっと聞かせて下さい。

 

中島:広告は、広告主さんのお金でつくりますね。
でもそのお金は、宣伝部長のポケットマネーでも、社長のポケットマネーでもなくって、
その商品なり、会社なりをひいきにしている人達のお布施なんだと思います。
メーカーは、ひいきにして頂ける人がいてナンボです。

広告は、ごひいきさんを裏切らない。これって広告の役目です。
広告主さんからは、広告の役割として、直接的なリターンを求められることがあります。
これはよく解るんですが、ごひいきさんを失うことの方が怖い。
ごひいきさんをつくることによって、その人達のお金が、巡り巡ってその会社の収入になり、
宣伝につながってくる。宣伝でお返していくわけです。
売り買いだけの世知辛い関係になると、広告って痩せてしまいます。
売り買いだけでない、ごひいきさんと広告主さんが、双方ともに豊かな関係になる。

好きなものを買って、身の回りに置ける喜びってありますね。
その豊かさを広告は応援できると思います。
買う買わないという世知辛い関係ではない、いい関係を創る。
だからこそ、広告主さんのお金で仕事をさせて頂いている。
販売促進だけではない、豊かな社会づくりに貢献しています。

 

萩原:そこに、広告の価値があり、喜びがありますね。

 

中島:そうです。好きになってもらいたいから、気を引いて、顔色を伺って、喜んでもらおうとするんです。
自分の仕事がそうなんです。
好きやから買うという関係になれるような幸せなコマーシャルっていいですね。
これって、すごくいい言葉ですね。良かった、いい言葉が出て来て。

 

萩原:会場から質問のあった新聞・テレビとインターネットの広告について、
これから先の話を聞かせて下さい。

 

中島:僕にとって新聞は、ピッタリきます。インターネットは狭いです。
新聞の面積は、人間にとって意味を持っていると思います。
いらんことが目に入ってくるという豊かさが、紙の大きさだと思う。
それを狭くしているのが電子メディアですね。その大きさがないと、
人の幅も狭くなってくる気がします。

テレビやラジオもそうですが、パブリックなところで公的な責任があって、
詳しく調べて、事実を正確に伝える役割があります。好き勝手なことはできません。
お年寄りから子供まで、安心して見ることができるメディアですね。
一方で、インターネットは、子供と安心しては見れない。良くない情報も多いです。

 

萩原:デジタルが、ややもすると万能であるかのような錯覚を持ってしまいます。
その機能としても、コンプライアンスに関してもそうですが、
デジタルの弱点・欠点が見えてきているなかで、
既存のメディアの再評価がなされ、これから、もっと脚光をあびてくるんじゃないかと思っています。

 

中島:デジタルの話でいうと、技術的な変化とヤングの変化があります。
特にヤングの変化がすごいと思う。
インターネットには、良くないことがいっぱい渦巻いているわけですが、
ヤングたちにとって、インターネットは、悪く使えば、どこまでも悪いものになってしまう。
それを広告で使おうとする若いクリエイターは、いい方に使わなければいけません。

企業が儲けることだけが、広告の仕事ではないというのが、
今のカンヌライオンズ・クリエイティビティ・フェスティバルの一番大きな変化点です。
世の中を良くする為に、クリエイティブは、一体何ができるのかを模索していく中で、
インターネットが使えるやんというアイデアが出来てきている。
インターネットを使って、広告主に利益をもたらすという小さなことではなくて、
「ソーシャルグッド」と言われているように、企業も良くなるし、世の中をもっとよくできるぞ、
良くしようという意志の表れ。これは、今のヤング達のすごいところです。

僕たちの時代は、貧しかったこともありますが、
自分だけが良ければいいと思って生きてきたところがあります。
僕にとっては、それからの脱却が、最近の重要なテーマなんです。
若者たちは、ゆとり世代と言われているように、豊かさのいい面を持っていて、
明らかにいい方向に向かっていると思う。
みんなが良くならないといけないんじゃないのという気持ちは、僕らより強い。
クリエイティブをやる人には、特に、そういう人が多い。
それは、若いクリエイター達が、先輩達を打ち負かす鍵に、きっとなりますよ。

 

萩原:これも、予め質問を頂いています。中島さんにとって、広告をつくっていく上で、
頭の中で組み立てていく順序や、意識しておくべきポイントはなんでしょうか。

 

中島:僕なりに考えると、大阪の<おもろいスピリット>に通じるところがあります。
普通と違うことをいつも考える。普通はこうやと、この問いに対して、
そうじゃなくて全然違うこんなもんないのといつも考える。へそまがり、あまのじゃくです。
まじめな子は、理屈を順序立てて考えます。
もちろん理屈で考えながらですが、何かそうではなくて、
ぽんと全然違うところにすごい秘密が隠されている可能性があると思っています。

特に不景気の時代こそ、アイデアが必要だと言ったのは、普通やったら有名人を使って、
テレビを思い切り流して、ポスター貼りまくったらうまくいきますよと。
けど、そのお金、桁が違いまっせという時に、お金が無いなら無いなりに、
変わったことを考えましょう。
常に、普通はこうなんやけど、違うところは何かを考えなあかんのです。
僕は、そうやって考えるところが好きです。お金はないけど、自由に発想していいよと思われたい。
でも最近の広告づくりの若者は、みんな賢いです。ものすごく理屈が立っている。
それやったら、おもろないんちゃうかというところで、どうするかを考えるのが僕は好きなんで、
ちょっと違うことを考えたいと常に思っています。みんなに、こうやったらいいよとは言わないけど、
僕は、そこが好きなんです。

 

萩原:ここでしか聞けない貴重な講義、これからすぐに役に立つ言葉、大人のいい話など、
たいへん幅広い観点からお話を頂きまして、大変勇気づけられました。
大阪の<おもろいスピリット>を自覚して、自由に発想する。
「大阪への力強い激励」をありがとうございました。

 

 

プロフィール
中島 信也 氏(株式会社 東北新社 取締役/CMディレクター)
1959年福岡県生まれ大阪育ち。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒。多くのCMの演出を手がける一方で東北新社取締役を務める。’83「ナショナル換気扇」で演出デビュー。その後デジタル技術を駆使した娯楽性の高いCMで数々の賞を受賞。主な作品に日清カップヌードル「hungry?」(’93カンヌ広告祭グランプリ)、サントリー「燃焼系アミノ式」(’03ACCグランプリ)、サントリー「伊右衛門」(’05ADCグランプリ)、資生堂「新しい私になって」(’07ADC会員賞)、近作としてNTTドコモ「渡辺謙シリーズ」、「桑田佳祐キャンペーン」などがある。'13年クリエイティブ・ユニット「Suudonn」設立。また、’10劇場用映画「矢島美容室THE MOVIE」を監督。


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